著作権

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記念樹事件 -2021年04月21日

平成10(ワ)17119等
損害賠償請求事件

第二 事案の概要
本件は、「どこまでも行こう」の作曲者である原告【A】及び同曲の著作権者である原告金井音楽出版が、「記念樹」の作曲者である被告に対し、「記念樹」は「どこまでも行こう」を複製したものであると主張して、原告【A】において氏 名表示権及び同一性保持権侵害による損害賠償を求め(甲事件)、原告金井音楽出 版において複製権侵害による損害賠償を求め(乙事件)、他方、被告は、原告 【A】に対し、「記念樹」は「どこまでも行こう」とは別個の楽曲であると主張し て、「記念樹」について著作者人格権を有することの確認を求めている(反訴事 件)事案である。

一 争いのない事実等
1 別紙楽譜一記載の楽曲「どこまでも行こう」(以下「甲曲」という。)は、原告【A】が、昭和四一年に作曲して、同年、ブリジストンタイヤ株式会社の テレビコマーシャルのための楽曲として公表されたものであり、原告金井音楽出版は甲曲の著作権者である(甲一、二、四、五、二一、二八、甲二九の一、二、弁論の全趣旨)。
2 別紙楽譜二記載の楽曲「記念樹」(以下「乙曲」といい、甲曲及び乙曲を まとめて「本件両曲」という。)は、平成四年に、被告を作曲者として、「『あっ ぱれさんま大先生』キャンパスソング集」というCDアルバムに収録される形で公表されたものであり、フジテレビ系列局で放送されているテレビ番組「あっぱれさんま大先生」及び「やっぱりさんま大先生」のエンディング・テーマ曲として使用されてきたものであって、子どもたちが卒業式で歌うことを想定した楽曲である(乙六ないし八、弁論の全趣旨)。
3 原告【A】は、被告が乙曲の著作者人格権を有することを争っている。

二甲曲・乙曲の各要素の対比
別紙楽譜一及び同二に基づいて、両曲の各要素を対比する。

1メロディーについて
(一)メロディーの同一性の判断方法
本件のように、ある楽曲全体が別の楽曲全体の複製であるかどうかを判 断するに当たって、メロディーの同一性は、一定のまとまりを持った音列(フレー ズ)を単位として対比した上で、それらの対比を総合して判断すべきである。

(二)両曲を構成するフレーズ
右(一)のような音列(フレーズ)を甲曲についてみると、甲曲のメロディーは、①アウフタクト部の二音を含む八音(歌詞の「どこまでもゆこう」に相当する部分。以下「フレーズA」という。)、②①に続く九音(歌詞の「みちはきび しくとも」に相当する部分。以下「フレーズB」という。)、③②に続く一〇音
(歌詞の「くちぶえをふきながら」に相当する部分。以下「フレーズC」とい う。)及び④③に続く八音(歌詞の「あるいてゆこう」に相当する部分。以下「フ レーズD」という。)の四つの部分によって構成されていると考えられる。
他方、乙曲は、①アウフタクト部の二音を含む八音(歌詞の「こうてい のすみに」に相当する部分。以下「フレーズa」という。)、②①に続く一一音 (歌詞の「みんなでうえたきねんじゅ」に相当する部分。以下「フレーズb」という。)、③②に続く一三音(歌詞の「いつのひにかとおいところで」に相当する部分。以下「フレーズc」という。)、④③に続く七音(歌詞の「おもいだすだろ」に相当する部分。以下「フレーズd」という。)、⑤④に続く六音(歌詞の「それはたぶん」に相当する部分。以下「フレーズe」という。)、⑥⑤に続く一一音 (歌詞の「つらいときなきたいとき」に相当する部分。以下「フレーズf」という。)、⑦⑥に続く一二音(歌詞の「みどりいろのはっぱかぜに」に相当する部分。以下「フレーズg」という。)及び⑧⑦に続く七音(歌詞の「ゆれるきねんじゅ」に相当する部分。以下「フレーズh」という。)の八つの部分によって構成されていると考えられる。

(三) 両曲の各フレーズの対比
一文字分を八分音符の長さとし、「─」の部分は、四分音符、二分音符及び付点音符によって、直前の音符が同一音階で伸ばされていることを示す。また、各「」の後の()内には対応する歌詞を示した。
(1)フレーズAとフレーズa
・フレーズA「ドレミ──ドシ─ドレド───」
(どこま──でも─ゆこう───)
・フレーズa「ドレミ──ミレ─レドド───」
(こうて──いの─すみに───)
右のように、フレーズAとフレーズaは、フレーズに使用される各音符の長さ並びに冒頭の「ドレミ──」及び末尾の「ド───」において相対的な音階が共通するが、右各フレーズを全体として比較すると、異なる音階の変化によって構成されているというほかなく、これらが同一性のあるフレーズであるとは認められない。

(2)フレーズBとフレーズb
・フレーズB「ドドフ──フフフソラソ───」
(みちは──きびしくとも───)
・フレーズb「ドドフフフフララソフソ───」
(みんなでうえたきねんじゅ──)
右のように、フレーズBとフレーズbは、冒頭の「ドドフ」とそれに続く八分音符三個分、その後の八分音符二個分を経た後の八分音符「ソ」及び末尾の「ソ───」において相対的な音階が共通するが、フレーズ同士を全体として比較すると、前半部分の音階の変化を共通にするに過ぎず、前半部分においても、音符の数及び長さは異なっている上、後半部分は、音階も明らかに異なるから、これらのフレーズに同一性があるということはできない。

(3)フレーズCとフレーズc
・フレーズC「ソソラ──ソフ─ソラソ──ミド」
(くちぶ──えを─ふきな──がら)
・フレーズc「ソソラ─ラソフ─ソラソソミレド」
(いつの─ひにか─とおいところで)
右のように、フレーズCとフレーズcは、末尾の二音「ミド」(フレーズC)と三音「ミレド」(フレーズc)を除いて、その音階の変化が同じであり、この点で相当程度類似しているということができるが、同一の音階の中にあっても、音符の数及び長さは異なっている上、右のとおり末尾の音階も異なっている
から、これらのフレーズに同一性があるとまでいうことはできない。

(4)フレーズDとフレーズd
・フレーズD「ドレミ──ドシ─ドレド───」
(あるい──てゆ─こ─う───)
・フレーズd「ドレミ──ドラ─ミ─レ───」
(おもい──だす─だ─ろ───)
フレーズDとフレーズdは、前半部分において音階(ドレミ──ド)
を共通にするのみであり、後半部分は全く異なるから、両フレーズに同一性があるということはできない。

(5)フレーズeないしh
フレーズeないしhは、フレーズaないしdと類似性があるということができるが、単純な繰り返しでないことは明らかであり、フレーズaないしdを繰り返し記号を用いて反復したり旋律を転記したからといって直ちにフレーズeないしhになることはない。その意味では、乙曲のフレーズeないしhについては、
これに対応する甲曲のフレーズが存在しないというほかない。
もっとも、右の類似性に鑑み、以下では、フレーズAないしDとフレーズeないしhについて対比する。

(6)フレーズAとフレーズe
・フレーズA「ドレミ──ドシ─ドレド───」
(どこま──でも─ゆこう───)
・フレーズe「ドレミ───レ──ドド───」
(それは───た──ぶん───)
右のように、フレーズAとフレーズeは、冒頭の「ドレミ──」及び末尾の「ド───」において相対的な音階が共通するが、右各フレーズを全体として比較すると、異なる音階の変化によって構成されているというほかなく、フレーズに使用される各音符の長さも同じではないから、これらが同一性のあるフレーズであるとは認められない。

(7)フレーズBとフレーズf
・フレーズB「ドドフ──フフフソラソ───」
(みちは──きびしくとも───)
・フレーズf「ドドフフフフララソフソ───」
(つらいときなきたいとき───)
右のように、フレーズBとフレーズfは、冒頭の「ドドフ」とそれに続く八分音符三個分、その後の八分音符二個分を経た後の八分音符「ソ」及び末尾の「ソ───」において相対的な音階が共通するが、フレーズ同士を全体として比較すると、前半部分の音階の変化を共通にするに過ぎず、前半部分においても、音符の数及び長さは異なっている上、後半部分は、音階も明らかに異なるから、これらのフレーズに同一性があるということはできない。

(8)フレーズCとフレーズg
・フレーズC「ソソラ──ソフ─ソラソ──ミド」
(くちぶ──えを─ふきな──がら)
・フレーズg「ソソラ─ラソフ─ソラソ─ミレド」
(みどり─いろの─はっぱ─かぜに)
右のように、フレーズCとフレーズgは、末尾の二音「ミド」(フレーズC)と三音「ミレド」(フレーズg)を除いて、その音階の変化は同じであり、この点で相当程度類似しているということができるが、同一の音階の中にあっても、音符の数及び長さは異なっている上、右のとおり末尾の音階も異なっている
から、これらのフレーズに同一性があるとまでいうことはできない。

(9)フレーズDとフレーズh
・フレーズD「ドレミ──ドシ─ドレド───」
(あるい──てゆ─こ─う───)
・フレーズh「ドレミ──ドレ──ドド─────」
(ゆれる──きね──んじゅ────)
フレーズDとフレーズhは、前半部分において音階(ドレミ──ド)を共通にするのみであり、後半部分は全く異なるから、両フレーズに同一性があるということはできない。

(四)両曲のメロディーの同一性
以上のとおり、甲曲と乙曲をフレーズごとに対比してみると、一部に相当程度類似するフレーズが存在することは認められるが、右のフレーズを含めて各フレーズごとの同一性が認められるとはいえないから、それらのフレーズによって構成されている乙曲のメロディーと甲曲のメロディーの間に全体としての同一性を認めることはできない。

2和声について
甲曲は、三種類の和声によって構成される楽曲である。
証拠(甲二〇、三〇)と弁論の全趣旨によると、乙曲の和声も、基本的には甲曲と同様の三種類の和声によって基礎づけられるものであり、両曲は、和声において、基本的な枠組みを同じくする楽曲であると認められる。
もっとも、具体的には、甲曲の和声が三種類のみからなっており、和声自体の変化を抑えた比較的単純な構成となっている(別紙楽譜一参照)のに対して、乙曲の和声は、多様な短和音を多数配している点に特徴があり、同一和声に調和するメロディーの中でも敢えて細かく和声を変化させて流れを作り出している(別紙楽譜二参照)ということができる。

3拍子について
甲曲は二分の二拍子であるのに対して、乙曲は四分の四拍子である。
証拠(乙五)によると、二拍子と四拍子では、アクセントが異なるので、聴き手が曲から受ける感じが異なるものと認められる。

三両曲の同一性
右二のとおり、両曲は、対比する上で最も重要な要素であるメロディーにおいて、同一性が認められるものではなく、和声については、基本的な枠組みを同じくするとはいえるものの、具体的な個々の和声は異なっており、拍子についても異なっている。
そうすると、その余の点について判断するまでもなく、乙曲が甲曲と同一性があるとは認められないから、乙曲が甲曲を複製したものということはできない。
証拠(乙六ないし八)によると、被告は、乙曲を作曲したものと認められる。

データベースの著作権 -2021年04月21日

著作権法第十条第一項には、著作物の例示がされています。

第十条 この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
一 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
二 音楽の著作物
三 舞踊又は無言劇の著作物
四 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
五 建築の著作物
六 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
七 映画の著作物
八 写真の著作物
九 プログラムの著作物

著作権法第十条第二項では、
「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、前項第一号に掲げる著作物に該当しない。」
とされ、第三項では、
「第一項第九号に掲げる著作物に対するこの法律による保護は、その著作物を作成するために用いるプログラム言語、規約及び解法に及ばない。」
とされています。

編集著作物については、同法第十二条において、
「編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によつて創作性を有するものは、著作物として保護する。」
とされ、素材または配列の創作性があるものについて、著作権による保護を認めています。

データベースの著作物については、同法第十二条の二において、
「データベースでその情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有するものは、著作物として保護する。」
とされ、情報の選択または体系的な構成に創作性があるものについて、著作権による保護を認めています。
なお、「データベース」は、著作権法では、「論文、数値、図形その他の情報の集合物であって、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」と定義されています。

著作権で保護される著作物 -2021年04月21日

著作権法第二条では、
「この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。」
として、著作物とは、
「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」
と定義しています。
思想または感情についての創作性が必要とされ、もっぱら芸術分野の範囲のものが保護対象とされることが明らかにされています。
このため、もっぱら実用性に重きを置いた工業デザインなどが著作物から除外されるものの、芸術と実用的なデザイン等の境界が問題になりえます。

著作権法第二条第二項では、
「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」
とされ、美術工芸品、いわゆる応用美術が著作権の保護対象となることも明らかにされています。

この点につき、大量生産、販売をするために作られた博多人形について、「美術工芸的価値として美術性も備わっているものと考えられ」、「美術的作品が、量産されて工業上利用されることを目的として生産され、現に量産されたということのみを理由としてその著作物性を否定すべきいわれはなく」、
「意匠登録の可能性をもって著作権法の保護の対象から除外すべき理由とすることができない」として著作物性を肯定した判決があります(赤とんぼ事件)。

ほかにも、Tシャツの図柄や、仏壇彫刻の著作物性を肯定した判例があります。

一方、美術工芸品とは認められず著作物性を否定されたファービー人形事件などもあります。
美術工芸品などの量産品であっても、美的鑑賞の対象となり、純粋美術と同視しうる程度の応用美術について、著作物性が肯定され著作権の保護対象となるとされるのがこれまでの考え方となっています。

写真の著作権-みずみずしいスイカ事件 -2021年04月21日

みずみずしい西瓜写真事件

東京地裁平成11(ワ)8996号 11年12月15日
東京高裁平成12(ネ)750号 平成13年6月21日
最高裁平成13(オ)1391号 平成14年6月27日 上告棄却

事件の概要:
被告が撮影し、カタログに掲載した、切って並べたスイカの写真について、原告の写真の著作権(翻案権)と著作者人格権を侵害していると主張し、争われた事件。

東京地裁では、被告写真と原告写真の類似性を否定した。
しかし東京高裁では、被写体の決定の創作性も、写真の著作物の保護の対象であるとして、著作権侵害を肯定したものである。

判決:
「(1)写真著作物について
 
写真著作物において、例えば、景色、人物等、現在する物が被写体となっている場合の多くにおけるように、被写体自体に格別の独自性が認められないときは、創作的表現は、撮影や現像等における独自の工夫によってしか生じ得ないことになるから、写真著作物が類似するかどうかを検討するに当たっては、被写体に関する要素が共通するか否かはほとんどあるいは全く問題にならず、事実上、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分が共通するか否かのみを考慮して判断することになろう。
 
しかしながら、被写体の決定自体について、すなわち、撮影の対象物の選択、組合せ、配置等において創作的な表現がなされ、それに著作権法上の保護に値する独自性が与えられることは、十分あり得ることであり、その場合には、被写体の決定自体における、創作的な表現部分に共通するところがあるか否かをも考慮しなければならないことは、当然である。写真著作物における創作性は、最終的に当該写真として示されているものが何を有するかによって判断されるべきものであり、これを決めるのは、被写体とこれを撮影するに当たっての撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等における工夫の双方であり、その一方ではないことは、論ずるまでもないことだからである。
 
本件写真は、そこに表現されたものから明らかなとおり、屋内に撮影場所を選び、西瓜、篭、氷、青いグラデーション用紙等を組み合わせることにより、人為的に作り出された被写体であるから、被写体の決定自体に独自性を認める余地が十分認められるものである。したがって、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分についてのみならず、被写体の決定における創造的な表現部分についても、本件写真にそのような部分が存在するか、存在するとして、そのような部分において本件写真と被控訴人写真が共通しているか否かをも検討しなければならないことになるものというべきである。

この点について、被控訴人会社は、写真については、事実上、同一のものでない限り著作者人格権あるいは著作権の侵害とはならないというべきであると主張し、写真業界においては、これが定説であるという。しかし、被控訴人会社の主張は、写真の著作物については、著作権法の規定を無視せよというに等しいものであり、採用できない。仮に、被控訴人会社主張のような見解が写真業界において定説となっているとしても、そのことは、誤った見解が何らかの理由によってある範囲内において定説となった場合の一例を提供するにすぎず、著作権法の正当な解釈を何ら左右するものではない。」

「(1)本件写真と被控訴人写真との表現の類似性

(イ)本件写真と被控訴人写真とを、その使用する素材について比較すると、いずれも、大きい円球の西瓜1個、小さい円球の西瓜2個、楕円球の西瓜ないし冬瓜1個、半分に切った大きい楕円球の西瓜ないし冬瓜1個、略三角形に切った西瓜6切れ、葉や花を伴った西瓜の蔓1本、青いグラデーション用紙を選択しており、相違するのは、氷の有無、籐の篭とざるの違い、西瓜と冬瓜の違い、篭ないしざるに入った楕円球の西瓜あるいは冬瓜の大きさの違いだけである。西瓜を主題(モチーフ)とする写真を撮影する場合、多種多様な西瓜があり、その数も任意に選択できるのであり、切り方も自由に選べるのである。本件写真と被控訴人写真のように、西瓜の種類、個数、切り方から、葉や花を伴った西瓜の蔓があること、青いグラデーション用紙を使用することまで一致することは、偶然には生じ得ないこととはいえないであろうが、偶然に生じる確率を大きいものとすることもできないであろう。

(ロ)また、本件写真と被控訴人写真とを、被写体の配列の観点からみると、いずれも、前面中央の半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の上に、略三角形に切った6切れの西瓜を傾斜させて一列に並べて配置し、その背後には、大きい円球の西瓜を配置し、その左側に小さい円球の西瓜を配置し、右側には籐の篭ないしざるを用意して、同所に大きい楕円球の西瓜ないし冬瓜を配置し、その右前方に小さい円球の西瓜を配置し、これらの西瓜の上には、葉や花を伴った西瓜の蔓1本を配置し、背景として、グラデーション用紙により盛夏を思わせる青色の色彩としていることが認められる。

(ハ)本件写真の素材自体は、西瓜(切ったもの、丸のままのもの)、西瓜の蔓、ブロック状の氷、籐の篭、背景としての青であって、日常生活の中によく見られるありふれたものばかりであることが明らかである。しかし、その構図、すなわち、素材の選択、組合せ及び配置は、全体的に観察すると、西瓜を主題(モチーフ)として、人為的に、夏の青空の下でのみずみずしい西瓜を演出しようとする、作者の思想又は感情が表れているものであり、この思想又は感情の下で、前記のありふれた多数の素材を、本件写真にあるとおりの組合せ及び配置として一体のものとしてまとめているものと認められる。

他の者が、このような作為的な表現についての発想を、控訴人とは全く別個に得る可能性を全くないものとすることはできないであろう。しかし、このように一致した配置及び構図の着想に至ったのが偶然であったとしたら、相当に珍しいことが生じたものということは許されるであろう。」

「4 同一性保持権侵害について
 
前記認定の事実によれば、被控訴人Bは、本件写真と類似する被控訴人写真を製作し、被控訴人カタログに掲載したのであり、前述したとおり、被控訴人写真が本件写真と相違していることからすれば、被控訴人Bは、本件写真の表現を変更しあるいは一部切除してこれを改変したものであることが、明らかである。

したがって、被控訴人Bの行為は、著作者である被控訴人の承諾又は著作権法の定める適用除外規定に該当する事由がない限り、本件写真について控訴人が有する同一性保持権を侵害するものとなる(著作権法20条)。ところが、被控訴人Bにつき、控訴人の承諾を得ているとも、著作権法の定める適用除外規定に該当する事由があるとも認められないから、被控訴人Bの行為は、本件写真について控訴人が有する同一性保持権を侵害するものである。」